きらきら咲く咲く

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洞源院避難所の子供たち

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この冊子は、ご住職の奥様、小野崎 美紀さんから、「お礼に」と手渡された一冊です。

「震災当初は、何も考えられなかったし、書き綴ることもできなかったけれど

いまは、ちゃんと書き残すことで、知らせなければならないと思うし、私たちの足跡を残すことで

一歩を踏み出せるような気がして・・・・・

何も、お礼ができないから、来ていただいた方にお渡ししているのです
」と・・・・。


そして、

「貴重なひとつひとつを、紹介させてください」と、小野崎 美紀さんに許可をいただいて掲載させていただくことになりました。

「祈り」

あの地震はいったい何だったんだろう。
あんなどでかい暴れ波をおくりこんで私の大事なふるさとをぶち壊した。

人々は逃げまどい、車をプカプカ浮かし遠い場所へ投げつけた。木によじ登った人をパッサバッサ振り落とし、大口を開けて大切なみんなのマイホームを噛み砕いた。
ドンガドンガと巨人の足で海岸線を蹴っ飛ばし、私の大好きだった長浜も浜がなくなり堤防がめくれている。
 これから咲く浜夕の花は、誰を思って咲くのだろう。

娘たちが友達からもらって来た猫の「おはな」を懐に入れ、絶対お前といっしょなんだからと「おはな」に言った。「おはな」がいなくなったら娘が帰ってこないと思いこんでしまっていた。南無観世音、南無観世音と





懐の「おはな」と唱えていた。400人の避難者のお世話をしながら・・・・・。

水がない、トイレが詰まる、電話がダメで、携帯電話もダメ、みんなを消毒しなくてはならない。子供達のちっちゃいクツを泥だらけのデカ靴が踏みつけている。挨拶をしない、他人の家で大声でわめいている。
おまえはどこの何者だ!寒い!暗い!狭い!せき込む!発熱!嘔吐!
一秒たりとも気がゆるせない!次々と余震が襲ってきた。
これが私の嫁いだ今年九五〇年になる寺のこと。


三日目の朝、長女真弓がずぶ濡れで、胸まで浸かって、泥水をかき分け歩いて帰って来た。感謝感謝、南無観世音、南無観世音。
四日目の昼、次女の静香が羽黒山に逃げて助かり無事帰った。涙、涙。南無観世音、南無観世音。
家族全員無事が確認できた。ようやく、朝、顔を洗って眉を書き、薄紅をひいた。その時私は、300人の母さんになっていた。

盆はうれしや、別れた人も、はれてこの世に会いに来る
・・・・・・・。
どこで!嬉しいて!そんな気持ちになれるかって!
・・・・・・・。
震災で四十九日が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、百ケ日忌を迎えようとしている。
悲しみのどん底にいる縁ある人々を、せめてお盆様までに仏さまに逢える嬉し涙にしてあげたい。
震災で残していただいた私の命、御仏様に寄り添います。
もしかすると御仏さまを忘れると、どこかでまた大暴れされるかもしれない。でもみんなの心の中に祈りの心があるかぎり絶対にくじけず、立ち上がります。どうぞ御仏さまお守りください。南無観世音、南無観世音大菩薩。                                      

 合掌


洞源院寺族  小野崎 美紀

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by kirakirasakusaku | 2011-07-19 23:33 | 洞源院